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村岡花子について

『赤毛のアン』の翻訳家【村岡花子が暮らしたまち大森】

NHK連続テレビ小説「花子とアン」のモデルとなっている村岡花子さんが過ごしたまち、大森。
村岡花子さんについてご紹介します。

村岡花子(旧姓・、本名・はな)は、明治26 (1893)年、山梨県甲府市に生れました。東洋英和女学校高等科卒業後、山梨英和女学校の英語教師をへて、教文館の編集者となり子ども向けの出版事業に携わりました。大正8年、村岡儆三と結婚し、荏原郡入新井町新井宿(現大田区)に新居を構え、昭和43年に亡くなるまで同地に住みました。大正12年、関東大震災で夫の印刷会社が倒産に陥り、大正15年、長男・道雄が病死するといった苦難に直面する中で、花子は家庭文学の翻訳家の道を歩き始めました。

村岡花子(昭和10年)【写真提供】赤毛のアン記念館・村岡花子文庫

昭和2年、大森に住む、歌人・翻訳家の片山広子の勧めでマーク・トウェイン作『王子と乞食』を翻訳出版しました。戦時中、カナダ人宣教師から贈られたモンゴメリ作「アン・オブ・グリン・ゲイブルス」の翻訳を続け、昭和27年『赤毛のアン』として出版すると、大評判となりシリーズとして刊行されました。以後、多くの英米文学作品の翻訳、童話などを手掛け、児童文学の振興に貢献しました。他に昭和27年、日本初の家庭図書館「道雄文庫ライブラリー」を自宅に開設するなど文筆だけでなく幅広い社会活動も行いました。

赤毛のアンの翻訳者 村岡花子が暮らしたまち大森

村岡花子略年譜

1893
明治26
0歳
6月21日、山梨県甲府市で安中逸平、てつの長女として誕生。
1899
明治32
6
品川の城南尋常小学校に入学。
1903
明治36
10
東洋英和女学校予科に編入し、以後10年間を寄宿舎で暮らす。
1909
明治42
16
歌人・佐佐木信綱の門下となり、歌人・翻訳家の片山広子と出会う。
1913
大正2
20
東洋英和女学校高等科卒業。
1914
大正3
21
山梨英和女学校に英語教師として赴任。5年間の教員生活を送る。
1917
大正6
24
初の翻訳集『爐邉』(ろへん)を日本基督教興文協会から出版。
1919
大正8
26
教師を辞め上京。日本基督教興文協会(現・教文館)の編集者となる。同年、福音印刷株式会社支社長でクリスチャンの村岡儆三と結婚し、大森新井宿に転居。
1923
大正12
30
関東大震災で、夫の福音印刷会社が倒産し多額の負債を抱える。
1926
大正15
33
出版社兼印刷所、青蘭社を夫と自宅に設立。長男・道雄(5歳)死去。
1927
昭和2
34
マーク・トウェイン作『王子と乞食』(平凡社)を翻訳出版。
1928
昭和3
35
渡邊とめ子主宰の文芸雑誌『火の鳥』創刊号より同人となる。
1930
昭和5
37
青蘭社書房の機関誌『家庭』を創刊。婦人参政権獲得運動に参加。
1932
昭和7
39
JOAKの嘱託となり、ラジオ番組「子どもの新聞」を担当(昭和16年まで)。妹・梅子に長女・みどり誕生。後に養女とする。
1932
昭和14
46
カナダ人婦人宣教師のミス・ショーの帰国に際し、モンゴメリ作『Anne of Green Gables』(アン・オブ・グリン・ゲイブルス)を贈られる。
1939
昭和18
50
『Anne of Green Gables』の翻訳に取りかかる。(昭和20年頃訳了)
1943
昭和27
59
『赤毛のアン』(三笠書房)を翻訳出版。以後、昭和34年までにアン・シリーズ全10冊を翻訳出版。同年、自宅に家庭図書館「道雄文庫ライブラリー」を開設。(昭和42年まで運営)
1955
昭和30
62
ヘレン・ケラー来日時に通訳を務める。日本児童文芸家協会理事就任。
1957
昭和32
64
家庭文庫研究会会長、日本翻訳家協会副会長に就任。
1958
昭和33
65
エレナ・ポーター作『くり毛のパレアナ』(講談社)を翻訳出版。
1959
昭和34
66
モンゴメリ作『風の中のエミリー』(秋元書房)を翻訳出版。
1960
昭和35
67
児童文学への貢献により藍綬褒章を受章。孫・美枝誕生。
1963
昭和38
70
夫・儆三死去。
1967
昭和42
74
娘・みどり一家を訪ねてアメリカを旅行。孫・恵理誕生。
1968
昭和43
75
脳血栓により逝去。
1969
昭和44
遺稿集『生きるということ』(あすなろ書房)刊行。

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