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カルタ

大森

カルタ

『へ』平和の名を世に刻む島

【he】Heiwajima

【へ】平和島
1943年東京捕虜収容所がこの地に移され、戦後は日本の戦犯収容所になった。1982年に公園造成のため陸続きとなった「平和島」は現在、競艇場や天然温泉等のレジャー施設として多くの人が集う。

『と』東海道が美原を育む

【to】Tokaido/Mihara street

【と】旧東海道・美原通り
現在の美原通り界隈は、品川宿と川崎宿の間の「間(あい)の宿」として賑いをみせた。家康の奨励で養殖が始まったとされる「海苔」や民芸品「麦わら細工」などが売られた。現在も当時の名残のある店が並ぶ。

『を』大森駅建ったが吉日

【wo】Omori station

【を】大森駅
1876年開業したJR大森駅。品川、新橋に次ぐ歴史を持つ。1877年に横浜から新橋へ移動中だった生物学者モースが、大森駅近くで「大森貝塚」を発見。碑は線路と向かい合うように建っている。

『そ』早朝の尽力

【so】Ota market

【そ】大田市場
水産物、青果物、花きを取り扱う総合市場の大田市場。青果、花きの取扱数量は日本一である。場内に見学コースが整備されており、セリの迫力を目の当たりにすることもできる。

『ら』落雁あれば晩鐘もあり

【ra】Hakkeizaka

【ら】八景坂
大森駅西口前を走る八景坂。周囲がまだ田園だった頃、多様な景色を臨めたことから命名された説がある。安藤広重が浮世絵「八景坂鎧掛松」を残すなど、風光明媚な様子であったことがうかがえる。

『の』海苔あるまちへ夢を託す

【no】Omori nori museum

【の】大森海苔のふるさと館
海苔で栄えた大森に2008年、大森ふるさとの浜辺公園内に「大森海苔のふるさと館」が誕生。重要有形文化財の海苔生産用具や海苔船、当時の暮らしを再現した展示と海苔つけ体験教室が人気だ。

『け』京浜工業は見を助く

【ke】Manufacture

【け】モノづくり
モノつくりのまち・大田区は高い技術を誇る町工場がひしめく。専門化した町工場が寄り添い、互いの得意分野を知り尽くしたコミュニティーがあり、スピーディーで精巧な製品作りを可能にしている。

『ぶ』文化の森は人なり

【bu】Ota bunkanomori

【ぶ】大田文化の森
2001年に区民が学び、演じ、交流を行う文化創造の拠点として、蒲田に移転した大田区役所本庁舎跡地に「大田文化の森」が誕生。運営は区民や団体による自主運営など多様な方法を積極的に取り入れている。

『こ』こらぼせずには地域社会を得ず

【ko】Korabo omori

【こ】こらぼ大森
統廃合となった区立第六小学校を活用した「こらぼ大森」が2004年に誕生。児童館、シルバー人材センター、NPO団体の事務所など、さまざまな目的をもった老若男女が集う複合施設となっている。

『き』窮すれば想いは通ず

【ki】Zenkeiji temple

【き】善慶寺・義民六人衆
1673年、天災が続き農民が旗本に年貢減免を申し出るも叶わず、農民代表六人が将軍家に直訴を試みた。密告者に捕えられ斬首されてしまう。新井宿に村を救うため命をかけた「義民六人衆」の墓が善慶寺にある。

『み』水止は豊年の瑞

【mi】Gonshoji

【み】厳正寺
干ばつと長雨に見舞われ厳正寺の住職が祈りを捧げると叶った。以降700年近く、「水止舞(みずどめのまい)」は毎年7月14日に行われ、雨乞いと水止の2部構成になっている珍しい舞。

『ひ』非のないものは真水

【hi】Iwaijinja shrine

【ひ】磐井神社
磐井神社は平安時代中期編纂の「延喜式」や「日本三大実録」に名を残す程の歴史を持つ。正しい心の持ち主が飲めば冷たくてきれいな真水に、蛇心があれば塩水になるという『磐井の井戸』がある。

『も』森ヶ崎の教え

【mo】Morigasaki water reclamation center

【も】森ヶ崎水再生センター
森ケ崎水再生センター内施設の屋上で、絶滅危惧種の渡り鳥・コアジサシの営巣地の整備を続けられている。順調に営巣地が広がっており、都会にあって川や海に囲まれた大田区ならではの活動である。

『す』澄めば笑顔

【su】Uchikawa

【す】内川
大森西の真ん中をほぼまっすぐ東に流れ、東京湾に注ぐ内川。以前は満潮時、東京湾から海水が溯ってくる為に魚や貝、鳥など自然に恵まれ、周囲には海苔生産者や漁師が多かったそうだ。

蒲田

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『り』流行は蒲田から

【ri】Shochiku kinema lot mark

【り】松竹キネマ蒲田撮影所跡
1920年松竹キネマ蒲田撮影所が誕生した。ハリウッドの技術と新劇を取り入れ日本映画の一時代を築いた。当時は俳優も多く住み、「流行は蒲田から」と呼ばれる程の活気と華やかさを誇った。

『わ』わらう七つ角には福来る

【wa】Nanatsuji

【わ】七辻
南蒲田2丁目、東六郷1丁目、南六郷1丁目、萩中1丁目の境界に「七辻」という全国的にも珍しい交差点がある。信号もないが、事故もない「日本一ゆずりあいモデル交差点」として有名。

『む』昔祀った女塚

【mu】Onazuka shrine

【む】女塚神社
南北朝時代に活躍した新田義興の暗殺を企む敵に刺殺された少将局と呼ばれた女性を不憫に思った地域住民が葬った古墳が女塚神社にある。女塚という地名もここから生まれたとされている。

『う』梅にうぐいす

【u】Seisekikamataumeyashiki park

【う】聖跡蒲田梅屋敷公園
大田区の花・梅。地名にもなった梅屋敷には、薬商が自身の土地に梅の銘木を集めて庭園をつくった、聖跡蒲田梅屋敷公園がある。明治天皇もこの地を好み、幾度か訪れたという。

『あ』菖蒲咲きて地華やぐ

【a】Ayamebashi

【あ】菖蒲橋
明治末期から大正にかけて、蒲田は菖蒲園で知られる行楽地だった。四季折々の花が楽しめ、茶屋もあり、大変な賑わいをみせていた。現在は呑川に架かる菖蒲橋のレリーフが残るだけとなっている。

『ゆ』湯殿快適

【yu】Sento

【ゆ】銭湯
都内で一番銭湯が多い大田区。特に蒲田・六郷エリアでは黒湯とよばれる天然温泉が出るところもある。450円でお風呂はもちろん、近所の方々とのコミュニケーションも楽しめる。

『郷』郷土の夢大田区の夢

【kyo】Otaku

【郷】大田区
閑静な高級住宅街に、電車で行ける海岸・川・天然温泉。武蔵野の面影を残す自然に、路地裏の笑顔。日本の技術を支える町工場、サブカルチャーにB級グルメ。24時間稼働の羽田国際空港。どれも大田区を彩る顔である。

羽田

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『は』羽田の海から天翔る

【ha】Haneda

【は】羽田
2010年10月に32年ぶりに国際線直行便が就航し国際交流の活発化が期待される。隣接の羽田のまちは漁師町の風情を残し、毎年7月の祭りでは、ヨコタとよばれる神輿を舟に見立てた担ぎ方をする。

『れ』連は繰り出す

【re】Kojiya shopping street

【れ】糀谷商店街
大田区で阿波踊りの連が数多く結成されている。発端は「糀谷商店街阿波おどり大会」。区職員からなる「大田区役所くすのき蓮」もその一つで、区内のイベントで演舞を魅せてくれる。

『え』海老取川でハゼを釣る

【e】Ebitorigawa

【え】海老取川
ハゼ釣りポイントとして有名な海老取川は、空港と羽田の街の境を流れる。戦後、羽田飛行場がGHQに接収され、48時間以内での退去が命じられた住民は、海老取川を越えて移り住んだ歴史がある。

洗足

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『い』池月橋を笛を音が渡る

【i】Ikezuki bridge/Senzokuike

【い】池月橋・洗足池
77000 平方メートルある都内有数の自然池。春は桜の名所として賑わう。毎年5月に行われる『春宵の響(しゅんしょうのひびき)』では水面に響き渡る幻想的な笛の音が池月橋で奏でられる。

『か』勝海舟には仲立ちをさせよ

【ka】Katsu kaishu's grave

【か】勝海舟夫妻の墓・洗足池
旧幕府軍の陸軍総裁・勝海舟と新政府軍首席参謀・西郷隆盛が池上本門寺・松濤園で無血開城の会見を行った。会見に向かう途中立ち寄った洗足池を大変気に入り、遺志により池のそばに墓が建てられた。

『な』中原街道通れて得を取れ

【na】Nakahara kaido street/Myofukuji temple

【な】中原街道・妙福寺
江戸時代、農作物などを江戸へ輸送するルートとして利用された中原街道。馬車には過酷な道だったようで、街道沿いや洗足池ほとりの妙福寺に馬頭観音供養塔が建てられ、道標としても重宝がられた。

『め』名馬に縁あり

【me】Senzokuike/Statue of meibaikeduki

【め】洗足池・名馬池月の像
宇治川の先陣争いを繰り広げたとして「平家物語」に名を残す名馬「池月」(洗足池・千束八幡神社)と「磨墨(するすみ)」(馬込・万福寺)はともに区内に銅像を残している。

『し』清水を得た池

【shi】Shimizukubo-yusui

【し】清水窪湧水
大岡山駅から5分のところにある清水窪湧水は東京名水57選にも選ばれている。1キロ先の洗足池へと注ぎこんでおり、池に流れついた湧水は洗足流れ、呑川を経て、東京湾へと流れ着く。

下丸子

カルタ

『に』新田義興の名世にとどろく

【ni】Nitta shrine

【に】新田神社
南北朝時代に活躍した新田義興が敵の計略にはまり矢口の渡で非業の最後を遂げたが、死後の祟りを鎮めるため奉られたのが新田神社。多摩川アートラインプロジェクトの作品も展示している。

『ち』千鳥集いて町となる

【chi】Chidoricho

【ち】千鳥町
多摩川や、かつて沼地だった一帯に多くの鳥がいた事が「千鳥町」の由来。池上通りや旧平間街道、第二京浜と環八通りに囲まれた交通の要所である。現在は、緑豊かな住宅街で個性豊かな公園がある。

『ぬ』ぬめり坂越えて一服しよ

【nu】Numerizaka

【ぬ】ぬめり坂
南久が原の藤森稲荷の脇を北上するぬめり坂。かつては湿地帯で雨が降るとすぐに道がぬめったという。坂の上には昭和の庶民のくらしをそのまま残した「昭和のくらし博物館」がある。

『た』多摩川からまち

【ta】Tamagawa (artline)

【た】多摩川(アートライン)
多摩川河川にはランニングや散歩を楽しめるコースが整備されている。沿線の東急多摩川線地域では、アートを切り口としたエリアまちづくり「多摩川アートラインプロジェクト」がすすめられている。

『く』久が原の三楽

【ku】Kugahara

【く】久が原遺跡
現在の久が原4~6丁目に、竪穴式住居など後期弥生文化を知る手掛かりが残る久が原遺跡が発見された。武蔵野台地と平地との境目に位置し、かつては湧水も見られ貴重な水源でもあった。

田園調布

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『ろ』六郷用水は一日にしてならず

【ro】Rokugo-yosui

【ろ】六郷用水(六郷用水遊歩道)
徳川家康が江戸近郊の農村開発と財政安定を目的につくった農業用水。土木技術に優れた小泉次太夫が14年の歳月を要し、全長23キロの六郷用水を完成させた。沼部駅近くには遊歩道が整備されている。

『よ』寄らば大樹のあるまち

【yo】Akiba-no-kuromatsu

【よ】秋葉のクロマツ
田園調布のイチョウ並木をくぐると、樹齢300年以上、幹周4m、樹高17mの「秋葉のクロマツ」が目に入る。都の天然記念物に指定されている。根本に秋葉神社の小さな祠が呼び名の由来である。

『ね』禰宜の舞で育つ

【ne】Tenso shrine

【ね】天祖神社(西嶺町)
毎年4月21日に行われる「禰宜(ねぎ)の舞」は、厄払いと豊作を祈る舞。東京では西嶺町の天祖神社だけとなった。舞後の「お湯花」という厄除けの神事では、湯にかかると一年間病気をしないといわれている。

『で』田園化の宝来

【de】Denenchofu

【で】田園調布
実業家・渋沢栄一は郊外に職住接近型の理想的な田園都市計画が進められ、現在の「田園調布」があり。田園調布駅西口から放射状に広がるイチョウ並木は街のシンボルとなった。

池上

カルタ

『ほ』本門寺いついつまでもまちの顔

【ho】Ikegami honmonji temple

【ほ】池上本門寺
ランドマークとなっている池上本門寺は、法華経の道場として長く栄えるように「長栄山本門寺」という名を持つ。場を活かした芸術文化活動の発信を積極的に行っている。キャンドルナイトもその1つ。

『お』お会式に万灯

【o】Ikegami honmonji temple/Oeshiki

【お】池上本門寺・お会式
日蓮聖人入滅の地・池上本門寺では、毎年10月11~13日にお会式供養が行われる。特に12日の夜は、全国から詰まった講による万灯練り供養が行われ、30万人に及び参詣者でにぎわう。

『ゑ』縁の下の力持ち

【e】Ikegami honmonji temple

【ゑ】池上本門寺ほか
大田区は格闘家と縁が深い。力道山のお墓があることから、毎年節分会には多くの格闘家が参列している。現在建て直し中の大田区体育館もプロレスの聖地。把瑠都の尾上部屋も池上にある。

馬込

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『る』類は文士を呼ぶ

【ru】Magome writer's village

【る】馬込文士村
明治後半から戦前にかけて、著名な作家や芸術家が住んでいた馬込・山王一帯は、のちに「馬込文士村」と呼ばれるようになった。面影はほとんど残されていないが、解説版が各所に設置されている。

『つ』鶴は繁栄享保元年

【tsu】Ennoji temple

【つ】円能寺
江戸時代、鷹狩が行われており、現在の大森付近も狩りに最適な土地であった。大森西の鶴渡公園などに地名として残っている。捕獲された鶴の供養のために建てられた「鶴墳」が円能寺に残る。

『ま』馬込種は生える

【ma】Birthplace of the ginseng magome obuto sansun

【ま】馬込大太三寸人参発祥之地
馬込発祥の野菜がある。馬込半白節成胡瓜(まごめはんじろふしなりきゅうり)と馬込大太三寸人参(まごめおおぶとさんずんにんじん)。現在でも個人の手により、種を保存し、継承している。

『さ』桜は天の美禄

【sa】Magome sakuranamiki shopping street

【さ】馬込桜並木通り
区内には桜の名所が数あるが、馬込桜並木もそのひとつ。1991年からスタートした「馬込文士村大桜まつり」は恒例行事となり、地元の流し踊りなどで、毎年沿道は多くの人でにぎわう。

『せ』セーラムの道もモースから

【se】Folk museum

【せ】郷土博物館
大田区の姉妹都市、アメリカ・セーラム市。郷土博物館が姉妹館提携を結ぶ、大森貝塚の発見者・モース博士が館長を務めた博物館がある。30年以上にわたり、相互交流を盛んにしている。

六郷

カルタ

『ゐ』筏の道も一歩から

【i】Tamagawa river

【ゐ】多摩川
元禄年間から大正末期までの200年間、奥多摩の山から切り出した木材は、筏乗りが多摩川河口に近い六郷や羽田の筏宿まで運んだ。筏乗りが帰り道とした多摩川沿いの道を筏道と呼んだ。

『や』流鏑馬六郷に

【ya】Rokugo shrine

【や】六郷神社・子ども流鏑馬
創建は1057年、源頼朝・義家親子による武運長久祈願がきっかけといわれる六郷神社。毎年1月7日に行われる子ども流鏑馬は、男子の開運・健康・出世を祈願する行事で都無形民俗文化財でもある。

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